殺人とマイナスとしての障害者

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    障害者ばかりを狙って刺し、19人もの犠牲者を出した殺傷事件が発生してから、今日で1年が経ちました。

    この事件と、私の「障害者は本来マイナスの存在だ」という考え方に関連があるとして、私を責め立てようとした輩がいましたが、実に失礼な解釈であり、今も腹立たしくとらえております。

    尤も、脳にダメージを受けている人の解釈ですから、必要以上に腹を立てることもないのでしょうし、私も脳にダメージを受けている一人ですから、尚更腹を立てなくてもいいのかも知れません。

     

    それでも一部の方には、今なお誤解されているかも知れませんので、この凶悪な事件から1年が経った機会に、私の本意はどこにあるのかを改めて書いてみたいと思います。

     

     

    私の考えの根底には、障害者たるもの、健常者以上に感謝の気持ちを持っていなけれなならない、というものがあります。

    エレベーターなどで動力エネルギーも、健常者より必要としています。

    そして、このエネルギーを余分に多く使わなければならない状況が「マイナスだ」ということは、以前にも申し上げた通りです。

    私は、「マイナス」だからこそ謙虚に、そしてこのマイナスを打ち消すべく、社会に貢献しようとする意志も同時に持ち合わせなければならないと考えています。

     

    残念ながら、ネットの掲示板なんかを見ますと、健常者は障害者に対し、必ずしも好ましい感情を持っていません。

    この好ましからざる感情の究極の形が、この殺傷事件だと思うのです。

    好ましくない存在の人が、「我々障害者も人格ある存在だ」とか、「マイナスの存在でなんかない!」などと主張したら、それが正しい主張だとしても、相手は「あいつら、体の自由が利かないくせに生意気だ。いやがらせしてやれ」という感情を抱くでしょう。

    私は現実に、外出するとほぼ毎回、何らかの嫌がらせを受けています。

     

    もうそろそろお分かりではないでしょうか。

    感謝の気持ちと、「障害者はマイナスの存在だ」という考えを障害者が持つことは、命を守ることに繋がるのです。


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